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マレー鉄道(KTM)寝台列車を廃止か?

日本では絶滅寸前の寝台列車ですが、マレーシアではまだまだ現役で、なおかつ値段が安かった(最低でRM40ぐらい)為、私はシンガポールに行く際はちょくちょく愛用していました。またペナン島に行く際も同様にお世話になっておりました。

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しかし最近になってマレー鉄道の予約サイトでチケットを検索するとKL Sentral〜JB Sentral、KL Sentral〜Butterworth(ペナン)の両区間とも、寝台列車のチケットが全く表示されないようになってしまっていて、何か変だ?とずっと思っておりました。

そんな中、KTMに詳しいサイト(Chromeブラウザによる表示推奨)を見つけ、内容をよくチェックしてみると何やらショックな内容が書かれておりました。どうやらマレー鉄道は2016年5月19日にダイヤ改正を実施し、西海岸線(つまりいつも使ってる路線)に関しては気動車型急行が全て消えてETSに置き換わったとの事です。つまりKTMの押し進める電化政策により、従来型のディーゼル列車(寝台列車含む)は姿を消した事になります(但しGemas〜JB Sentral〜Woodlands間は未電化)。

ガーン!大ショックです。実は8月に姉とその家族が遊びに来る予定だったのですが、その際にマレーシアの寝台列車をぜひ体験させてあげようと思っておりました。。。一番の見せ所だっただけに非常に残念です。仕方無いのでシンガポールには飛行機で移動する事にします。

それにしてもマレー鉄道に関しては(旅行者目線での)サービス改悪が非常に多いと思っております。まず2011年7月のTanjung pagar駅(シンガポール駅)の廃止。これによってシンガポール内での区間が短くなり、遠く不便で風情の無い、Woodlands駅の発着となってしまいました。Tanjung pagar駅はシンガポールを代表するに相応しい、格調高い駅だっただけに非常に残念です。

次に2015年7月のシャトル列車導入。これはWoodlands〜JB Sentral間にシャトル列車を走らせるというもの。普通に考えると利便性が良くなるはずと思うのだが、電車ではなく従来通りのディーゼル車両の為スピードも遅く、何故か本数も非常〜に少なく、KL Sentralから寝台列車で来た客はJB Sentralで一旦降り、シャトル(チケットは別購入)に乗り換えなければならず、利便性はかなり低下してしまった(従来は同じ車両でそのまま行けた)。

そして今回2016年5月19日の電化に伴う寝台列車廃止。。。確かにIpohやButterworth行きの列車は徐々に電化されていっており、Singapore〜Malaysia間の高速鉄道(HSR)の建設計画も別途あるので、寝台列車はいずれ姿を消すものと思っていましたが思ったより早く実施されてしまい、非常に残念です。

しかもこの電化というのがまだ中途半端で、マレー鉄道全体が電化されたのではなく、西海岸線のPadang Besar〜KL Sentral〜Gemas間のみ電化、Gemas〜JB Sentral〜Woodlands間は従来通り未電化となっている為、マレーシアからシンガポール間は完全に分断され、鉄道で旅行しづらい環境になってしまったという印象です。

今後、西海岸線に関しては完全に電化されてしまっても運行ダイヤをうまく工夫して寝台列車を復活させてくれると嬉しいです(東海岸線はまだ電化されていないので乗れるチャンスはあるかもです)。

マレーシアで暮らすハードル3(英語)

前々回(治安編)前回(給料編)に引き続き私がマレーシアで暮らすにあたり、ハードルと感じたものについて記述致します。

英語に関しては自信があり、海外に移住するにあたり特に問題無い、という方は恐らく少数派でしょう。というか、そのような方はそもそもこのページを見ていないはずです(笑)。また現在の英語力に関わらず、スキルを向上させたい気持ちの無い方も同様でしょう。今回はマレーシア移住に関して必要な英語力について記述して行きたいと思います。

まず私の来馬時の英語レベルは?というと、海外旅行ではほぼ困らないレベルではあるけれどビジネスで使うにはどうか?(笑)というレベルでした。実際、日本にいた時はバイリンガル(日/英)のコールセンターで働いた事もありますし、英文でのメールのやり取りやマニュアルの翻訳のような仕事もやった事はあると言えばありました。

しかし自分としてはまだまだ英語力の不足を感じており、英語しか通じない社員がいっぱいいるような環境で、果たして生き残っていけるかどうか、少々心配でした。

英語関連の資格で言えば、随分前に取得したものですが英検2級、TOEIC600点という可もなく不可もない、といったレベルだと自分では思っておりました。

そして応募、面接。この会社自体を紹介してくれたのは日本人ですし、面接も2名の日本人が日本語で行い、特に英語面接なども無いまま、すんなりと内定が貰えてしまいました(笑)。恐らく私のITスキル・経験が採用要件としては十分な内容だったのと、英語の資格がいくつかあったのが評価されたのだと思います。一番大きいのが、私が担当する業務が日本語で行う内容だったので、そもそも英語力はそれほど重視されていなかったというのが本音だと思いますが(笑)。

私が内定を貰った企業は日本の大企業の資本こそ入っているものの、外国人のCEOを中心として構成される、完全なローカル企業でした。私が来馬した当時は社内にほとんど日本人がおらず、非常にマイノリティーな存在でした。

内定が決まると会社からまず提示されるのが、Letter of Employmentという雇用契約書。給料や福利厚生、契約解除に至るまでの内容などが記述されておりますが、当然全て英語。サインするのは簡単ですが、基本的に内容を十分理解・納得した上でサインしなければいけません。初めて目にするような単語もいくつかあり、辞書を片手に格闘したのを覚えています(ちなみに単語の訳をこの書類に直接書き込むのは止めましょう。金融機関等に提示しなければいけない機会などがあるからです)。私にとってはこの英語だらけの雇用契約書が最初のハードルでした。

いざ入社が終わってからも英語に関するハードルはいくつもあり、私も随分苦労しましたが、それに関してはまた別途記述したいと思います。

治安、給料、英語という3つのハードルを無事乗り越え、私のマレーシア生活はようやくスタートすることが出来ました。

人によっては海外に移住するにあたってのハードルは、もっと数が多くてかつ困難なものだったりするかもしれませんが、私の記事が何かのお役に立てれば嬉しく思います。

マレーシアで暮らすハードル2(給料)

前回(治安編)に引き続き私がマレーシアで暮らすにあたり、ハードルと感じたものについて記述致します。

次は給料。私がマレーシアに移住を検討していた際、言われて最もショックだったのがこの給料の額であった。もともと発展途上国であるし、現地の物価水準が安いのは知っていた。その為ある程度覚悟は出来ていたものの、正直初めて金額を言われた時はとても受け入れられる金額ではなかった。マレーシアでの仕事を紹介してくれた知人は冷たくこう言い放った。「給料は(日本円換算で)10万円ぐらいだよ」。ガーン(笑)。

この提示された給料の金額はこれから初めての海外生活をエンジョイしようと希望に燃えていた者のモチベーションを打ち壊すのに十分なほど、低い金額だった。比較的IT業界での経歴も長かった私が、日本での新卒の給料よりも比較にならない程低い給料で働かなければならないなんて!と、とても悔しいと同時に何か足元を見られているようなイヤな気持ちになった。

誤解の無いよう補足をしておくが、当時は超円高時代だったので日本円換算だと最も低い金額になる事と、給料額はあくまでも手取り金額の最も低い額の例であり、私の場合はリーダポジションだったのでもう少し良かった(それでもかなり少なかったが)。また会社支給のコンドミニアム(高級マンション)に無料で住むことは出来た(但し光熱費は別でかつルームシェアであったが)。

私がもし新卒の身分であるなら、この待遇でも問題無く応募するとは思いますが、ある程度のベテラン、しかも比較的給料の高い方にとって、現地の給料水準で働くのはまず難しい事だと思う。ご結婚されている方は、とても奥さんを説得出来ない金額だと思う(笑)。

日本のような給料水準の高い国、とりわけ東京のような最も高い給料水準で働いている方の殆どについては金額が全てで、例え同じ日本国内であっても給料水準が下がる場合は移動したくないと感じることだろう。日本よりさらに水準の低い海外であればなおさらである。

それにもかかわらず、あえてマレーシアで働こうと思うには発想の転換が必要だ。

まずマレーシアは物価が安い。給料額は低くても、出て行く金額も低い。それに日本とは違って高金利(2016年6月時点で3.25%)の為、お金が長い間お財布の中に留まる事が出来るのだ。

また例え日本で働くとしても海外旅行には必ず行くだろう。但し、現地で働き、現地で長く暮らすという経験はプライスレスであり、金額には換算出来ない。英語力だってきっと向上するだろう。

それに現地の住宅は日本とは比べ物にならないぐらい広く、プールやジムなどの共用施設も充実していて非常に豪華だ。それであれば、多少給料が安くてもいいのではないか?

自分はこのように何度も自分に言い聞かせ、この重すぎる二つ目のハードルも何とか乗り越える事が出来た(笑)。

マレーシアで暮らすハードル1(治安)

今でこそ、海外移住や海外就職(いわゆるセカ就)は一般的になってきましたが、私がマレーシアに移住を決意した2011年はまだまだ海外で働く事は一般的で無く、現地で働く日本人もかなり珍しかったように思えます。

日本人にとってあまり馴染みのなかったマレーシアが脚光を浴びたきっかけは、2010年12月のエアアジアのKL/羽田便就航だと思います。海外では既に人気で市民の足であったLCCも日本ではほとんど知名度が無く、思わぬ黒船の来航といった感じだったと思います。翌2011年11月にはKL/関西便も就航し、マレーシアは一気に手軽に行き来出来る国になりました。

もっとも全ての方がLCCを使っているとは思いませんが、私の場合は実家が成田よりも羽田空港からの方が遥かに近く、かつ運賃が非常に安かった為(SALE最安値で片道7000円!ぐらい)、日本に帰省する際は非常に愛用しておりました。このように気軽に安く日本に帰ることのできる手段がある、という事は私にとって非常に重要な事でした(もっとも、マレーシアで就職したばかりの頃は現地での生活や仕事に慣れるのに精一杯で、現地で一人前になるまでは日本に帰らないつもりでした)。

日本からのアクセスには何の問題の無いマレーシアでしたが、私が生まれて初めて海外で生活するにあたりハードルが高いと感じたものは「治安」「給料」「英語」の3つでした。今回は治安にフォーカスした記事を書きます。

まず治安。私は学生時代から海外旅行が大好きでいろいろな国々へ行ってきましたが、治安の良い先進国ばかり行っていたためか、それまで怖い思いをした事があまりありませんでした。しかし2010年にフィリピンのマニラに行った時は、着いた初日にスマートフォンを盗まれてしまい、滞在期間中ずっと怖い思いをしました。何と言うか、素人が目的も無く気軽に訪れるような街ではないと強く感じました。

それからというもの、すっかり東南アジア恐怖症(笑)になってしまい、非常に治安を気にするようになりました。マレーシアに就職する際も、すぐに応募するような事はせず、まずは自分の目で実際に街の様子を見て、それから判断しようと思いました。私の場合はフィリピンでの体験がかなりのトラウマとなっていた為、このプロセスは必須となっておりましたが、他の方に話を聞くと、下見もせずにいきなりマレーシアでの勤務を開始した方が結構いて、みんな勇気あるなと思っていましたw。

下見旅行の際はシンガポールとマレーシアをセットで旅行しました。まずは治安の良さそうなシンガポールから入国。今となっては笑い話ですが、当時の私はシンガポールでさえ、非常に治安を心配しておりました。なんせ初めての国だったので。ただ実際に街中を歩いてみてビックリ。日本と同じ、もしくはそれ以上に治安が良く、夜中の2時ぐらいでも女性が平気で出歩けるような雰囲気でした(というか実際に出歩いている)。こうしてシンガポールならば特に問題無く住めそうだな、と感じました。

次に本命のマレーシア。私は寝台列車を使ってジョホールから入国しました。ジョホールで驚く事は、シンガポールにいた人々とは全く人種が異なる事でした。シンガポールは主に中華系の人々が占め、欧米人などもよく見かけたのですが、マレーシアに入ると一気に人々の様子が変わり、肌の色が濃い人々が増え、マレー系やインド系の割合がぐっと増えました。人々の様子が変わっただけで、特に何かがあった訳でも無かったのですが、ちょっと緊張感を覚えました。国境を越えるとこんなにも違うのかと印象に残っているのを覚えています。

その後列車はクアラルンプールに到着しました。宿はチャイナタウン(Pasar Seni付近)に取りました。今思えば何であんなに汚くてボロいホテルを取ったんだろうと呆れるぐらいの部屋でした。窓は無く、エアコンも無く、ファンだけでした(笑)。チャイナタウンはどことなくいかがわしい雰囲気のある街でしたが、マニラの時のような危険な感覚は感じませんでした。その後KLCCやKLセントラル、ランカウイ島なども周りましたが、身の危険を感じることは一切無く、治安に関してはようやくクリアすることが出来ました。